SNOWLOGの日記

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邪馬台国は九州にあったのか?






 暗い記事ばかりでは

つまらないので

明るい記事でも


 邪馬台国の女王卑弥呼

送られたと思われる鏡が

大分県内でみつかった。

 邪馬台国がどこにあったのか

は長い間議論があったが

 畿内説と九州説が有力であった。

headlines.yahoo.co.jp


  中国の研究者が

発見された鏡は

卑弥呼に送ったものとの

可能性に言及している。


 すると

邪馬台国は九州にあったのか?


 九州説は、邪馬台国の位置については

本居宣長の説に依拠している。

 宣長魏志倭人伝の解釈により

九州にあったのではないかと

考えていたようである。


 資料が乏しい時代のことだから

宣長の距離に関する

考察は画期的であった。

 畿内説であると

距離が合わないのである。

 遠すぎるということになる。

 しかし、考古学の成果によって

近年は畿内説が有力であった。

人の風俗については九州説が有力である。

 畿内説と九州説の折衷のような説として

最初は九州にあったのだが

畿内に移動したんだ説もあった。


 中国の研究者のいっていることを

考えてみてもいいと思う。