SNOWLOGの日記

日々読書、日々学習、日々成長を目指すブログです。Twitterもやっています。

今日の不可能は、明日には可能となる。


 人類が月にいってから

今月20日で

50年である。

 アポロ計画から

58年です。

 冷戦にも影響与えて

緊張緩和にもつながっているのが

 宇宙開発です。


 宇宙兵器作ろうとしていると

アメリカ合衆国大統領

ロナルド・レーガン氏が言い出し

ソ連(当時)のトップは慌てました。

アメリカはそこまで

かんがえているのかと

(実はそこまで深くは

 考えていなかった

 という証言がありました。)

レーガン氏は元俳優なので

ふるまうのは上手いのでしょうね。


 ソ連はこの情報を

ある程度深刻に受け止めて

これ以上は

アメリカには対抗できないと

おもったようで

軍縮となった。

結果論ではありますが。



 1969年7月に月面着陸して

50年です。

 
 ソ連・ロシアはロケット研究の歴史があります。

今はそんな余裕がないのでしょうが。


 世界ではじめて科学的に

ロケットの研究をしたのは

ロシア・ソ連

コンスタンチン・E・ツォルコフスキーです。

 ツォルコフスキーは子供のころに

病気で聴力を失いながらも

独学で数学や物理を学んで

ロケットの研究をつづけた。

 19世紀には理解されなかったが

1917年のロシア革命以降は

先進的な科学者として評価されて

晩年は厚遇された。

 1957年生まれで

1935年に78歳で亡くなりました。

1935年に78歳というのは長生きでした。


 ちなみに一つ年上の大天才ニコラ・テスラ

 奇しくもロシア革命の年の1917年に

エジソン勲章を受けました。

 1943年まで生きて

86歳で亡くなりましたが

晩年は不遇でした。

 鳩が好きで

鳩に餌やりにいって

怪我をしてかえって

孤独のうちに住まいのホテルで

亡くなりました。

長生きは長生きですが。



 ロケットに話を戻すと

つぎにロケットの研究において

優れた業績を残したのは

ツォルコフスキーよりも

二回り下の世代の

アメリカのロバート・H・ゴダードでした。

 ゴダートの研究も

生前は評価されないままで

メディアにも酷評されて

 ゴダードの内向的な性格もあって

失意のうちに1945年に

52歳で亡くなりました。

惜しいですね。


 ツォルコフスキーよりも環境に恵まれ

ゴダードよりもバイタリティがあったのが

オーストリア・ドイツの科学者の

ヘルマン・オーベルトです。

 1920年代に

ロケットの研究を始めて

ゴダードの論文も読んだようです。

 1927年にドイツに

宇宙旅行協会という団体ができます。

 そこには

冷戦後にロケット研究をリードする

ウェルナー・フォン・ブラウンもいました。

 オーベルトは戦後はイタリアで

ロケットの研究をつづけて

1950年代にはアメリカにも招かれて

ロケットの研究もしました。

 戦中を除いて起伏の少ないキャリアを歩み、

1989年に95歳の天寿をまっとうしました。

 

  戦後のロケット研究は

米ソがリードするというより

軍事に利用するために

競争していたのです。

 祖国ドイツを捨ててアメリカに

亡命したウェルナー・フォン・ブラウン

ソ連セルゲイ・コロリョフ

20世紀生まれの科学者たちがリードします。


 2人の研究のルーツは

ともにドイツにあります。


 ロシア、アメリカ、ドイツが

ロケット研究をリードしてきました。

 もっともロケットの技術は

1960年代で90%

くらい完成している

そうです。

 残りの数パーセントを

いかに伸ばすかに

かかっているようです。


 教育と科学は蓄積が必要です。

やはり最後は

ためてきたところが

強いのです。


 日本のロケット研究は

どうなっていくのでしょうか?

宇宙に進出はできるのでしょうか?

月は資源がありそうですが。




最後まで読んでいただいて

ありがとうございます。

 

宇宙ロケットの世紀

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宇宙ロケットの世紀

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