SNOWLOGの日記。

雪とねこが好きです。日々読書、日々学習、日々成長を目指すブログです。

死刑執行。

九州と広島と岡山に大雨の警報が出ている。

 

命を守る行動をということである。

 

岡山在住の知人から連絡が有って

 

住宅が床上浸水の可能性もあるので怖いといってきた。

 

警報出ている地域の方々が心配である。

 

 

オウム真理教の事件の死刑囚の死刑が執行された。

 

7人である。同じ事件の場合共犯は同日に執行されるのが慣例である。

 

いっきに7人の死刑執行とは例がないだろう。

 

死刑囚が他の拘置所に移されていたから死刑執行が近いといわれてきたが、

 

これで一つの区切りとなるのだろう。

 

実は1995年3月20日(月)には信濃町慶應義塾大学病院

 

内科を受診する予定だった。

 

この年の春はひじょうに忙しく体調も良くなかった。

 

自分が住んでいるところからは慶應病院までは交通アクセスが悪い。

 

自分の主治医の外来診療は午前中のみであった。現在のことはわからない。

 

当時は病院玄関からすぐロビーがあって、そこからははやいもの順で並んで

 

座って待ち、時間がきたら発券機のような機械で順番の券を受け取るのである。

 

朝早く起きて電車に乗らないと午前中の診療には間に合わないのである。

 

自分でいうのもなんだが時間にはきびしいほうである。

 

遅刻は嫌いである。遅刻したことはなかった

 

(一度、山手線電車に乗っていたら車両内で爆発物らしきものが発見されて

 

点検のため電車が止まり遅刻しそうになったことはあった。)

 

が、この日に限って目覚ましが鳴らないのであった。

 

鳴ったのかもしれないが起きなかったのかもしれない。

 

起きたときは9時40分だった。

 

しまったとおもったが動くのも面倒なくらい具合がよくなかった。

 

一日休みの予定だったが、電話連絡して午後から出かけることにした。

 

ラジオでニュースを聴いていたら、地下鉄にアルコールらしき液体が

 

撒かれたと報道されていた。何が起きたのか。

 

11時近くに知人から電話連絡がきて、オウム真理教

 

なにかやったらしいといってきた(この知人がなぜオウムの犯行

 

だと発覚する前に知っていたかはわからない。)。

 

何もわからないので最寄駅付近にいってみたら人が倒れていて

 

救急車が多くきていた。

 

何か大変なことが起きているとわかったので駅には近づかないで

 

帰った。残念ながら最寄駅では亡くなった方がいた。

 

目覚ましで起きなかったのはなにかあるのか、

 

超自然のようなものは信じていないのだが。時計は壊れてはいなかった。

 

あの日に目覚ましで起きて電車に乗っていたらと思うとゾッとする。

 

犯行の時間帯に乗っていた可能性が大だったからだ。

 

2日後の22日にオウムの施設に強制捜査が入った。

 

このことを事前に知っていた人も知人にはいた。

 

なぜ知っていたのか?警察関係者でもないしメディア関係でもない

 

ふつうの人である。

 

自分は命拾いして、事件の23年後もこうしてブログの記事を書いている。

 

当時は霞が関に用事があったのだが、恐ろしくて地下鉄乗れないので

 

3か月ほどは歩いて霞が関までいっていた。

 

亡くなった方は成仏し極楽浄土へ行き、また、天国にいったはずだ。

 

それでも今も祈っている。

 

 

 

オウム帝国の正体 (新潮文庫)

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オウム-なぜ宗教はテロリズムを生んだのか-

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